2024年3月30日土曜日

高崎駅前

 


1980年の頃の高崎駅前。

本屋の西口駅舎やタクシーがなつかしい。

このあと上越新幹線建設のため、写真の駅舎は取り壊され現在の駅ビルになった。

この写真と現在の駅前とを比べると時代の変遷を感じる。


「山岳装備」のD51


1967_4_15 は、篠ノ井線の姥捨へ。

ここは車窓や姥捨駅からの眺めが抜群だった。

駅の構造もスイッチバックになっているし、25‰の急坂なので録音や写真としての面白みがあった。

写真の一枚は、正面の撮影をやり過ごした後追い撮影。

「山岳装備」のD51の通過シーンだ。



 

2024年3月29日金曜日

「SL 湯らーりといそべ」

最近、 C6120の活躍の場が広がっている。

2024_2_24 撮影の安中駅を発車するC6120▼「SL湯らーりといそべ」。

この春以降では従来の水上、横川だけでなく、渋川、桐生、沼田などへと広がっている。

いずれも、ヘッドマークを掲出しているので、そのデザインに注目。

今回は、地図の「温泉マーク」



をデザインしているようだ。




2024年3月26日火曜日

あぜ道のカブ号


50CCの一種原付バイクは、ホンダの「スーパーカブ」号。

撮影は1961_4_30で、バックは小麦の育っている田んぼ。

マフラーなどのメッキ部分も新車の光沢だ。

2024年のいまでもカブ号は、この原型を失わず販売されているのは驚異。

我が家では、この50CCの他に、65CCの二種原付も後に購入した。

私自身、自転車にエンジンを付けた「本物の」原動機付自転車に試乗したことがありますが、このカブ号の完成度は当時から高かった。

たしか、この時のカブ号の価格は、55,000円だと記憶している。(なお、現在の価格は300,000円のほど。)


 

仙台のC62

春休みの一日は、日帰りで仙台往復。

1964_4_3のことだった。

この年は、東京オリンピック開催の年。


仙台駅のホームで撮ったこの一枚は、常磐線で活躍していたC62形37号機。

いまだったら、何コマも撮ったのだろうけどこのシーンはたったの一枚だけ。

この撮影のあとの数年後、常磐線で最後の活躍をしていたC62たちを追ったのです。



 

懐かしの赤羽線

1967_3_4 撮影の一枚は、旧型国電。
赤羽線の72系(63系)。
この線は、赤羽と池袋を結んだ線。
このころ以降、使用車両は新型の103系に置き代わって行った。
画面右には、旧型電機のEF15が写っている。
懐かしの赤羽線。

2024年3月18日月曜日

17歳の一枚は「大阪市電」

1965_3_9の一枚は、大阪市電。


高校の修学旅行で訪れた大阪。

17歳の高校2年生の時。

対向する車内からの一枚だった。

青春のひと時を思い出させる一枚だ。

このあと1969年3月31日限りで全線廃止されたそうです。