2026年5月11日月曜日

青森を目指す「ゆうづる」追った朝

1967_5_14  東北本線厨川~滝沢間。


5レ寝台特急「ゆうづる」だ。 

周りは一面のリンゴ畑。

リンゴの花が咲き誇っていた。

朝、5時53分に盛岡を発車してきた長大編成。

牽引は、DD51の重連。青森着は9時15分。

よくぞここまで撮影にやってこられた

わが身を褒めてやりたい。

「滝沢の築堤」にて。

2026年4月26日日曜日

「GVレトロぐんま」を撮ったよ

 久しぶりに駅の北で「撮り鉄」・・・。

2026_04_26 日曜日。


場所取りを狙って、一時間半も前から待機しましたが、

あとから一人だけ追加だったので、拍子抜けでした。

「撮り鉄」対象としては、人気がないのかな?

列車名は、「GVレトロぐんま水上」。

大きなヘッドマーク付きでした。

去年の夏、横川往復のGVの列車が走りましたが、今回は水上往復でした。

そういえば、SLはどうなるのでしょうか?



2026年4月17日金曜日

80系湘南電車を再掲

 1965年2月ごろの新前橋電車区。

今では231系や233系が走っている高崎線ですが、この当時は80系が主流でした。

写真は、2枚ガラスのクハ86形ですが、3枚扉の115系も新しく導入されていました。

写真左は、荷物電車のクモユニ74でしょう。

塗装の塗分けも、今に通ずるオレンジとグリーンの湘南色。

61年前の一枚を再掲しました。





2026年4月2日木曜日

もう13年、今はダム湖の中の「鉄道風景」


 2013_4_12 撮影。

JR吾妻線の川原湯温泉駅~岩島駅間の旧線を走行する115系。

撮影からすでに13年になろうとしている。

この鉄道橋、撤去されずに今はダム湖の中。

「八ッ場ダム」の建設で失われた「鉄道風景」の投稿です。

2026年1月22日木曜日

ヒトを入れて撮った鉄道写真

 2026_1_18 ひさしぶりに東京へ。

目的は広田尚敬さんの写真展。

会場は半蔵門駅からすぐのところだった。

戦後の昭和時代をうまく切り取った多くのカットに感動。

そこで私の一枚を投稿・・・。


1970_2_9 56年前の昭和45年、北海道函館本線の小樽築港機関区でのC62の2号機と32号機の並び。

左の2号機は、炭水車のライトを整備中だった。

無機質の鉄の塊だけの鉄道でなく、整備掛として働くヒトを画面に入れみた。

帰りは、隣接の「カメラ博物館」をぶらり。




2026年1月8日木曜日

ハチロク重連で後押し

 東北・花輪線竜ケ森(現・安比高原)で「8620 ハチロク」を追った。

8620の2両・重連で貨物を後押ししている。

1969_1_18 の雪の中。

バッバッバッという独自のドラフト音がよみがえる一枚。

57年も前の一枚だが、年始明けとはいえよくぞ出かけたものだ。

ここまでやってきた自分の


「行動力」をほめたい。

2025年12月26日金曜日

上信電鉄500系と夕陽

 上信電鉄のクモハ503の向こうには、夕陽が沈みかかっている。

ここは、佐野橋。

テレビのロケ地としても有名?な場所だ。

「撮り鉄人生」もいつまでやれるか。


夕陽の落ちる一枚の写真と重ねてみた。

2009_10_14 上信電鉄「佐野のわたし」駅近くの河原にて撮影。

2025年12月17日水曜日

「撮り鉄」三昧の吾妻線

 2007_11_4 撮影の吾妻線の河原湯温泉駅の一枚をアップ。


上りの普通列車、115系が温泉駅に到着しました。

11月のこのころは、駅周辺の「吾妻渓谷」の紅葉が真っ盛り。

渓谷沿いを散策するお客さんも多かった。

でも、この河原湯温泉駅の景色は「ダムの底」に沈んで、もう見ることができない。

「撮り鉄」三昧の吾妻線を堪能した一日でした。

2025年12月8日月曜日

足尾線にC12を追った

 1969_2_11 の撮影。

足尾線の上神梅~本宿間。

小さなC12が足尾の山をめざして力行している。

はるか60年も前の印象だ。

あのころ追っかけたのがコレだった。画面奥は渡良瀬川。



2025年11月16日日曜日

奥中山のD51三重連

 久しぶりの投稿。

1967_3_28 撮影。

東北本線の御堂~奥中山間での「D51三重連」。

3月末の撮影だから、「春休み中」の撮り鉄だった。

俯瞰撮影のできるここは複線になっているので、撮影はし易かったが、奥中山駅からは、徒歩で30分以上はかかった場所だ。

架線の張られていない、58年も前の貴重な一枚。






2025年10月27日月曜日

60年前の高操の記録

 1965年のころ撮影の一枚は、高操(高崎操車場)のハンプ近くに止まっているD51。

このころの国鉄は、貨物輸送にハンプ付きの操車場が必要でした。


D51が引き上げ線に貨車を引っ張りあげたあと、ハンプ、つまり(下り)坂を利用して貨物列車を組成していたのです。

撮影時刻は、仕業のない昼休みだったのだろうか?

ここの仕業はこのD51の他に、D50や96も使われていたのを覚えている。

60年も前の高操の記録だ。




2025年9月30日火曜日

足尾線にC12を追う


 1969_5_4   は、足尾線のC12の追っかけ。

撮影地は、草木~沢入間。

この区間は、ちょうど「草木ダム」「草木湖」の建設地で、

線路の付け替えが行われるところだ。

非力のC12なので、この区間はC12の重連区間でもある。

ただし、この日は一両での牽引。

いつものとおり、バイクで追いかけたが、これ以降、足尾までは追跡しなかった。

50年以上の「撮り鉄」で、「鉄道の変遷」を撮り続けてきたが、

そろそろ終着駅が近づいたかな?

いや!まだまだ!


2025年9月16日火曜日

足尾線でC12重連シルエット

 


1968_5_3  足尾線のC12重連貨物列車。

逆光をいかしてシルエットで表現。

撮影場所は、大間々から相老あたりだが、

正確な撮影地の記録メモがなく、撮影地が不明な一枚。

メモはなくても覚えていればいいのだが、

今や「物忘れ」が生じているのを感じているこのごろです。



2025年9月6日土曜日

サミットめざしてダッシュする重連貨物

 1967_3_28は、東北本線の沼宮内(ぬまくない)駅に行っていました。

盛岡の北方にある重連・三重連の機関車の組成・解放の基地の駅です。

下りの貨物列車は、この駅から重連・三重連となってサミット奥中山を目指します。


この一枚は、そのD51重連貨物列車の発車の様子です。

前補機はD51の164号機で、精いっぱいの力をだし、

ダッシュしていきました。

このころは、まだ電化のポールも建植されず、空もスッキリしていました。

この写真のようにD51は、日常的に見られた機関車でした。

一方、2025_9_4 には、

D51498が上越線で脱線事故を起こしたニュースが伝わってきました。

当地では、今でも日常的に親しみのある機関車ですので、

早期の無事の復帰回復を願っています。



2025年9月4日木曜日

なじみのEF55とD51の汽笛

 2011_2_1 撮影の★★★。

何のアウトライン(シルエット)でしょうか?

高崎機関区脇の公道から、特徴ある流線形が浮かぶように撮りました。

そう、EF55の1号機です。

今では、大宮の「鉄道博物館」に展示されていますが、


それまでの長い間、高崎第二機関区に留置されていましたが、その後復活運転の歴史があります。

私にとってなじみのある機関車です。

*そういえば今日2025_9_4 、蒸機の「汽笛」が高崎機関区方向から聞こえてきました。

D51498の汽笛だと思われます。

修理が終わって試運転をしているのでしょうか?

その場所は、このEF55の撮影地と同じ場所からです!!



2025年8月22日金曜日

懐かし?の「レール輸送列車」

 写真に撮った一枚の被写体は、その撮った瞬間から過去のものになる。

2012_10_12、 下り高崎線の高操脇で撮ったこの「レール輸送列車」もその過去の一枚だ。

牽引機はEF65で、レールを載せた長尺車チキをアップで捉えている。


撮影は13年前になったが、

今では(2025年8月)、このような機関車けん引の列車は廃止され、

代わりに気動車キヤE195系が走っている。


2025年8月2日土曜日

「SLぐんま水上」編成

 高崎駅南の電留線で待機している「SLぐんま水上」号。

水上方からC6120+12系5両の6両編成


画面左には最新の「GV-E197」の姿が見える。

真ん中のC61には、猛禽類のヘッドマークが掲出されている。

雰囲気的には、九州を走っていたSL特急「はやぶさ」を思わせます。

8月に入った今日は「酷暑」。

伊勢崎では、40.1度が示されたようで、この気温では、C61の運転室内もさぞ暑かったでしょう。

2025_8_2  撮影


2025年8月1日金曜日

ED62のシルエット?

 


「ED62」と記録のあるシルエット写真で、鉄道模型を本物らしく撮った一枚。

でも、ED62という車両は実際は存在しない。

ゲージは「O(オーゲージ)」なので、レールは3線式で、真ん中の線路から給電した。

撮影は1962年2月のころなので、中学生だった。

最近(2025年)、

中二の孫が「9ミリケージ」の「EF66」や「231系」を購入して運転を楽しんでいる。



2025年7月20日日曜日

GVE197デビュー

 GVE197牽引気動車が、2025_7_19にデビューしました。


実は、この一枚はデビュー2日目の7月20日の撮影です。

GVE197は、12系3両しか牽引していませんが満員だったようです。

横川方からの編成は、GVE197×2+12系×3+C61×1でした。

*昨日2025_7_19 にデビューの一枚を、群馬八幡~安中間に撮影に行ったのですが、D51の不調のせいか、遅延が生じ撮影ができなかったアクシデントがありました。






2025年7月17日木曜日

20年前、D51+C57の重連が走った

 20年前の一枚。


2005_1_2 高崎を発車し水上を目指すD51+C57の重連。

この当時の列車名は、「奥利根」だったか?

2025年のこの夏、いよいよ「GV-E197」が補機としてデビュー。

注目は、信越線の横川往復便・・・。

迫力はD51+C57の重連にはかなわない?