今日の「昭和の鉄道」の一コマがコレ。
1967年撮影。
東北本線の電化前の「沼宮内」で撮影した「D51三重連」の発車だ。
こんな懐かしい映像を再び見ると、何か感じることがあります。
ここ沼宮内(ぬまくない)駅は、盛岡の北方にある駅で、現在の駅名は「いわて沼宮内」。
ここから北へ向かうため、急坂を3両の蒸機機関車で貨物
をけん引したのです。
駅を発車する「三本の煙」に圧倒されました。
はじめてカメラを手にしたのは、父親から買ってもらった富士フィルムの「ペット35」。小学6年生だった。その1960年代のはじめから撮り貯めた、とっておきの思い出鉄道写真と、今もバリバリ撮り続けている鉄道写真をエピソードと共に紹介します。
1970_8_23 には、奥羽本線の碇ヶ関(いかりがせき)を訪問した。
ここは補機の活躍の場で、「D51三重連」や「D51重連」で名高い場所だった。
この一枚は、後押しのD51と客車のアップ場面で、「流し撮り」の手法で撮ったものだ。
ほんの半日ほどの撮影時間であったが、列車本数の多さもあり、楽しめる撮影地でした。
半世紀前の「撮り鉄人生」の一コマ。
(数か月振りにブロブをアップしました)
1967_5_14 東北本線厨川~滝沢間。
周りは一面のリンゴ畑。
リンゴの花が咲き誇っていた。
朝、5時53分に盛岡を発車してきた長大編成。
牽引は、DD51の重連。青森着は9時15分。
よくぞここまで撮影にやってこられた
わが身を褒めてやりたい。
「滝沢の築堤」にて。
久しぶりに駅の北で「撮り鉄」・・・。
2026_04_26 日曜日。
あとから一人だけ追加だったので、拍子抜けでした。
「撮り鉄」対象としては、人気がないのかな?
列車名は、「GVレトロぐんま水上」。
大きなヘッドマーク付きでした。
去年の夏、横川往復のGVの列車が走りましたが、今回は水上往復でした。
そういえば、SLはどうなるのでしょうか?
1965年2月ごろの新前橋電車区。
今では231系や233系が走っている高崎線ですが、この当時は80系が主流でした。
写真は、2枚ガラスのクハ86形ですが、3枚扉の115系も新しく導入されていました。
写真左は、荷物電車のクモユニ74でしょう。
塗装の塗分けも、今に通ずるオレンジとグリーンの湘南色。
61年前の一枚を再掲しました。
JR吾妻線の川原湯温泉駅~岩島駅間の旧線を走行する115系。
撮影からすでに13年になろうとしている。
この鉄道橋、撤去されずに今はダム湖の中。
「八ッ場ダム」の建設で失われた「鉄道風景」の投稿です。
2026_1_18 ひさしぶりに東京へ。
目的は広田尚敬さんの写真展。
会場は半蔵門駅からすぐのところだった。
戦後の昭和時代をうまく切り取った多くのカットに感動。
そこで私の一枚を投稿・・・。
左の2号機は、炭水車のライトを整備中だった。
無機質の鉄の塊だけの鉄道でなく、整備掛として働くヒトを画面に入れみた。
帰りは、隣接の「カメラ博物館」をぶらり。
東北・花輪線竜ケ森(現・安比高原)で「8620 ハチロク」を追った。
8620の2両・重連で貨物を後押ししている。
1969_1_18 の雪の中。
バッバッバッという独自のドラフト音がよみがえる一枚。
57年も前の一枚だが、年始明けとはいえよくぞ出かけたものだ。
ここまでやってきた自分の