ラベル C62 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル C62 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年1月25日土曜日

生禄のデジタル化で往時を懐かしむ

 1970_2_6 、函館から長万部までの急行「ニセコ」号の旧型客車内から、

C6232号の炭水車付近を撮影した内の一枚です。


この年の4月には、晴れて?社会人として巣立ったので、

卒業旅行としての北海道旅行でした。

厳寒の季節でしたが、トラブルもなくお目当ての蒸機の撮影を終えています。

撮影地は、函館、長万部、二股、上目名、銀山、小樽築港など、函館本線を走る「C62(シロクニ)」を中心に追いかけました。

あれから55年を経過。

2025年の最近は、カセットからデジタル化した生録音を聞き返し、往時を懐かしんでいます。


2024年5月21日火曜日

C62重連を追った夏

 5月に入っての投稿はたった2回目。

この一枚、1968_7_12 の撮影は、函館本線の倶知安駅。

すぐ隣には、倶知安機関区があった。

函館からの下りのニセコは、C62の重連だ。

夏のこの時期は、まだ明るい夕方だった。

残り小樽までの運転に備えて、石炭のかき寄せ、走行装置の点検などが行われている。

この、C62重連を追って、渡道は真冬を含めて10回ぐらいだったろうか。

函館、五稜郭、大沼公園、長万部、二股、倶知安、小沢、銀山、上目名、小樽、小樽築港などが思い浮んだ。





2024年4月30日火曜日

C6222「ゆうづる」けん引機

1967_4_1 は、3人兄弟で常磐線の平機関区へ日帰り旅。

お目当ては、C62。

写真の一枚は、22号機で「ゆうづる」のヘッドマーク付き。

このC6222は深夜から朝の上りの「ゆうづる」けん引機だった。

今では考えられないだろうが、こういった撮影のための機関区への入場も緩やかだった。

この後、日を改めて何回かここを再訪している。





 

2024年3月26日火曜日

仙台のC62

春休みの一日は、日帰りで仙台往復。

1964_4_3のことだった。

この年は、東京オリンピック開催の年。


仙台駅のホームで撮ったこの一枚は、常磐線で活躍していたC62形37号機。

いまだったら、何コマも撮ったのだろうけどこのシーンはたったの一枚だけ。

この撮影のあとの数年後、常磐線で最後の活躍をしていたC62たちを追ったのです。



 

2023年5月29日月曜日

C62の巨体

 1967年4月には常磐線の平機関区に行きました。

この年の秋に電化を控えた春休みの一日。

C62形の巨体は、庫のあちこちで休んでいました。


中には「ゆうづる」のヘッドマークを付けたC62形も居ました。


この「ゆうづる」は寝台特急なので、ここ平では下りは深夜、上りは早朝での撮影なので、撮影条件は厳しいものでした。

2023年5月22日月曜日

C62形2号機

1960年代の後半から70年代の初めまでは、北海道に通った。

1回や2回でなく10回弱だったか・・・。

宿泊は、ほとんどが「列車内」で、

特に函館~札幌間で、夜行の普通列車や急行「たるまえ」などが定宿でした。

この一枚は、1970_8_19 撮影のC62形2号機。


大沼~仁山間を函館に向かっているのを「流し撮り」したものです。

残念なのは、デフの「つばめ」が写っていないことや、

ピントがどこにもあっていないことだろう。

でも、ロクニの動感は出ていると思うので、

かつての東海道本線を走っていた雄姿を表現できたかな。


2023年4月21日金曜日

平機関区のC6239

 1967_4_1 は、常磐線の平へ。

目的は「C62」の撮影。

朝の上りの「ゆうづる」を牽引してきたC62も、ヘッドマークを付けたまま休んでいました。

このC62は「39号機」で、急行「十和田」などを牽引していたようです。


この後も、何回かここ平周辺に行っています。

目当ては、早朝の上りの「ゆうづる」ですが、高速シャッターが切れない難しさがありました。




2023年4月9日日曜日

春休み、平で「撮り鉄」

 1964_4_5 撮影のC62形39号機。


上野からけん引してきたEF80に代わり、

ここ平以遠の未電化区間のけん引を引きつぐため、C62は操車掛の手旗で後退しています。

このあと、客車との連結が済むと仙台に向けて発車していきました。

(第一次)東京オリンピック開催の年、平までの日帰りの撮り鉄でした。


2022年3月31日木曜日

C62重連停車中

北海道新幹線開業に伴って、函館本線の長万部~小樽間(山線)が廃線になる。
懸案の余市~小樽間もバス化され鉄路は消える。
ここは、わが青春時代の思い出の路線で、ここをめざして渡道したのは何回だろうか?
この一枚は▼、1967_3_29撮影の倶知安駅。

札幌行き105レ「ていね」のC62重連が、4分間の停車中だ。
北海道といえども、3月の末になると雪も線路上には積もってはいなかった。
この時、急行105レの倶知安発は、18時09分。
画面左には羊蹄山。
このあとのC62重連は、小沢、余市、小樽と停車し任務を終え、以後札幌までは電機のけん引に任せるダイヤだった。
「わが撮り鉄人生」にとって忘れられない一こま。






2021年5月7日金曜日

C62重連を追った夏の午後

 1968_7_17 は、函館本線の目名~上目名へ「C62重連ていね」を撮影。

鉄研の先輩に倣って私も出かけたのです。

撮影地は上目名から目名よりに数十分、峠を下って行ったところ。

ヒグマの心配はしていませんでしたが、本当は怖いところだったはず?

連写機能の無い一眼レフでしたので、精いっぱいシャッターを押しまくりました。

この一枚は、最初のほうの一こまで、

ここぞという「一発勝負」の撮り方ではありません。

ネガは横位置ですが、縦にトリミングしました。

時刻は、たしか昼すぎ。





2021年1月17日日曜日

常磐線四ツ倉で太平洋を望む一枚

1967_4_1 は、常磐線の四ツ倉へ。

この年の秋には平(たいら)以北の常磐線が電化になり、

C61やC62などの蒸機が消えていくので、最後の活躍を見届けるためでした。

特に上りのC62けん引の「ゆうづる」は、

早朝通過するので、上野からは夜行で出かけました。 

この一枚は、四ツ倉で撮ったC62けん引の下り列車です。

画面の上には太平洋、線路端にはファンの姿も写っています。

以前アップした続きのコマです。



2020年4月30日木曜日

常磐線にC62を追ったころ

1967_4_1 撮影の一枚は、常磐線平以北の電化前のC62けん引列車。
撮影地は、四ツ倉。
左が太平洋側なので、下り列車だろう。
肝心の「けむり」は、白い蒸気。
この日の本命は、C62けん引の「ゆうづる」だった・・・。

2018年3月3日土曜日

お遍路さん

1969_3_8 は、北海道の小樽築港機関区を訪問。
ちょうと「お遍路さん」のように、全国各地のお寺(機関区)を巡った のだった。
その仏様が、コレ。
「C622」。
神々しく反射する「ナンバープレート」。
庫内に入るとその「鼓動」が大きく聞こえた。

2018年2月4日日曜日

C62重連

1969_3_7 は、函館本線 小沢(こざわ)へ。
お目当ては、「C62重連急行」の撮影。
小沢から雪深い倶知安峠方向に行き、撮影地探し。
そんななか、やってきました。
「C62重連急行ニセコ」です。
雪晴れの中、力強く通過していきました。



2017年8月27日日曜日

「ゆうづる」牽引機

保存と作業を行ってきたハードディスクが不調になり、
チェックディスクのオプションを実行したら、
作業終了まで、丸3日ほどかかりました。
気を取り直して、 またアップを続けます。
1967_4_1 平機関区でC62を撮影。
今となっては、物足りないのは「ハーフ」判での撮影。
この機関区見学は、「腕章」を付けてのやり方でした。
「ゆうづる」牽引機は、朝、平に到着し、深夜仙台に向ける運用だった。

2017年8月20日日曜日

悔やまれる一枚 C6215

1966_8_25 は、呉線のC6215を広島駅ホームで撮影。
この日は、鉄研の夏季合宿で山陰を訪問していたのです。
この一枚を見ると、ここであと一日なり踏みとどまって呉線の撮影をしておけばよかった、と悔やまれる。
なお、この15号機は、のちに北海道に渡り「ニセコ」をひいている。

2017年8月2日水曜日

C62さよなら重連ご乗車整理券


「C62さよなら重連ご乗車整理券」 配布のお知らせ。
 8月20日付けで、満員になりました、との追記は入っている。

普通乗車券を買えば、整理券だけで乗車できたようだ。
この列車の運転日は8月27日なので、「乗った」との記憶も写真もないが、
このあと岩見沢に行ってC622を撮影している。
1972_8_20撮影の一枚。

2017年4月6日木曜日

至福の時 平機関区

1967_4_1 は、常磐線の平機関区へ。
機関区らしさは、この「扇形庫」。
庫によっては、お尻を外に向けるやり方と、正面の場合がある。
ココは、両方で、統一されていないようだ。
写っている機関車のうち、C61 21がある。
もちろん、C62のすがたも・・・・。
この時代を今思い起こすと、撮り鉄にとって、まさに「至福の時」があったのです。

2017年3月30日木曜日

C62 2号機の「ツバメ」

1968_4_4 は、函館本線の長万部へ。
お目当ては、C62重連。
上りの「ニセコ」を小樽(築港)から牽いてきたC62の補機は、ここ長万部で折り返し、
長万部機関区でしばしの休息を取るのです。
*
運がよく、今日の補機は、2号機。
2号機のデフに輝くのがこの「ツバメ」の切り抜き。
こんな間近で撮影ができました。

2017年3月23日木曜日

C62の巨体を五稜郭機関区で撮影

1969_3_5 は、北海道へ。
撮影場所は、函館本線の五稜郭機関区。
朝、上りの仕業を終えたC62を撮影。
この日のC62は、44号機だった。