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2020年8月15日土曜日

最後尾のC6120

8月も中旬になりました。

2020_8_15は、「ELぐんま よこかわ」を群馬八幡~安中間で撮影。

この列車は、プッシュプル編成なので、高崎方がC6120    。

▼数コマ連写の一枚ですが、ブレが生じているので失敗作?

でも、躍動感があり、成功作かも?





2010年10月13日水曜日

サクラメントのC型SL


カリフォルニア州の州都、サクラメント。
ここの鉄道博物館を訪ねた。2007_12_24。
さすがアメリカ、巨大なSLが目に付いたが、写真のC型の動輪周りのカラーに感動。
何コマも撮影したうちの一枚。アメリカのSLにはこんなカラーリングがあったのだ。

重連は当たり前 旧東北本線


この3連休、山口線でC57とC56の重連が走り、多くのファンが押し寄せたそうです。
当時の東北本線(盛岡以北・一戸以南)では、重連、三重連は当たり前だった。
ところで、この写真、微妙なところで左がカットされている。
そのためD51の重連の後ろには、何がつながっているのかわからない。
当時の東北本線では、普通列車や小荷物列車はC61かC60、または、D51がけん引していた。
数両の客車列車では、単機だったが、夜行寝台や急行は、D51などが補機についていた。
ここ、東北本線の長根信号所-滝沢間は旧線で、その後、新線に移っているので、この風景は遠い過去のものになった。
背景の山は岩手山。
1967_8 撮影

2010年10月7日木曜日

キュウロクのクロスヘッド周り


大宮機関区は学校帰りに何回か立ち寄った。
これは9600のクロスヘッド周り。
鉄の質感が出ているかな?
1969_1_20

2010年10月5日火曜日

本物の煙に期待 ボールドウィン


BSの「写真家たちの日本紀行」で
鉄道写真家山﨑友也さんが訪ねた撮影地は、「わ鉄」沿線と沼田の根利(ねり)だった。
ということで、今回、根利には2010_7_25に訪問。
撮影場所は赤城山の北側の森林関係の研修所。
煙は結婚式で使うスモークだそうだが、ほんものの煙はいつ昇るかな。
「よみがえれボールドウィン実行委員会」の皆様に期待!

ロッドの輝きは生きている証 C58400


C58形の400号機。
お召しの予備機になったのだから「優秀なカマ」だった?。
蒸気ドームや砂箱、ボイラ胴、動輪などの足回り、すべてピカピカだった。
特に「ロッドの輝きは生きている証」だそうだ。
そう、この400号機、その後どうなったのかな?
1968_8 小山機関区で撮影

2010年9月29日水曜日

国府津で撮った元気なころのD52形72号機


御殿場線で活躍し、公園で保存されていたD52を、9月28日、JR御殿場駅前に引っ越す作業が始まったという。
この写真は、1963_8_7 に国府津機関区で撮影した元気なころのD5272号機。
ヘッドライトが、シールドなのが残念だが、それにしても巨体だった。
D52はここ国府津以外に、北海道の五稜郭機関区でも撮影している。
御殿場線の坂では、力をもてあましたのではないだろうか。

2010年9月25日土曜日

D52を五稜郭機関区で


北海道、函館本線、五稜郭機関区。
お目当てはD52とC62。
広角レンズで引いた撮影。
D52の吐き出す煙と蒸気がいい感じにたなびいた。
写真の神様がプレゼントしてくれた、すばらしいカットだ。
1969_3_5 撮影

2010年9月3日金曜日

渡良瀬渓谷を走ったC12


「風っこわたらせ」の撮影などで、ここんところ「わたらせ渓谷鉄道」沿線に通っている。といっても、まだ3か月ほどで4回だが・・・・
かつての足尾線を知っているせいか、懐かしさでいっぱいだ。
この写真、今は草木ダム湖に沈んだ草木~沢入のあたりで撮ったものだが、今もし、C12が走ってくれば・・・・、似た写真は撮れるだろうと思った。
特に、沢入~原向あたりの景色は、ダムができる前と同じようだったから・・・。
1969_5_4 撮影

2010年9月1日水曜日

C62重連、夏の倶知安を発車


105レ札幌行き(C62は小樽まで牽引)C62重連「ていね」が、倶知安で一休み。ダイヤによると18:05着、18:09発だから、4分停車。この間、火床整理、給水、石炭かき寄せなどの整備が手早く行われた。今日は、羊蹄山が顔を出していた。夏の日の夕暮れ時の倶知安。本務機30号機、補機44号機でこれから小樽まで、山岳路線の厳しい任務が続く。
1968_7_14 函館本線倶知安で撮影

2010年8月26日木曜日

C62急行「たるまえ」函館発車


1967年の夏の函館駅。深夜。
ここ函館から23時台に3本の夜行があいついで発車。25分の1217レ急行「たるまえ」札幌行き。
33分の421レ釧路行き。45分の43レ荷物で札幌行きだ。
写真は25分発のC62の2号機の牽引する「たるまえ」。C62は長万部までで、また上りの1216レで函館まで折り返す運用。バルブによる夜間撮影は、何度やってもむずかしい。
1967_7_17 函館駅で撮影

2010年8月22日日曜日

C12形の8号機を激写


昨日21日に、東京ビックサイトで開催されている国際鉄道模型コンベンションに行ってきました。屋上でライブスチームが走行していたので、30分ほど激写しました。これはその内の一こま。足尾線のC12の記事を執筆中なので、このC12の8号機に親近感を覚えました。
カラー情報を捨てて、モノクロにしてみました。
なお、別の一枚を「RM今日の一枚」に投稿しました。果たして、今日23日か24日の掲載になるかどうか・・・・・。自分では、傑作だとおもっているのですけど・・。
2010_8_21 撮影。

2010年8月20日金曜日

高崎操車場の蒸気機関車9600形


家の前、50メートルから100メートルほどのところに、高崎操車場の引き上げ線と踏み切りがあった。
操車場は、ハンプ(坂阜)から貨車を突き放し、貨物列車を行き先別に組成する役目で、そのため、毎日毎晩、これらの9600やD51が、家の前を行き来していた。当然、この踏み切りの遮断機は、「あかず」の状態が多く、地域住民に不便を強いていた。
1969_6 高崎操車場で撮影。

2010年8月19日木曜日

国鉄足尾線を走るC12


とある雑誌に載せてもらうために撮影紀行原稿を書き始めました。
でも、不確かなことがあるので、8月11日に下調べのために、わたらせ渓谷鉄道の沿線に車で行ってきました。それは、40年前に撮った鉄道写真の撮影場所を特定するためです。
40年前と違って、杉の木が大きく育っていたところや、家がたくさんできていたところもありましたが、写真と同じ場所を見つけたり、新たな発見をしたりでき、調査はいちおう完了しました。
この写真は今回の原稿に関連した写真で、1969_4_2 大間々~相老間で撮影したC12の流し撮りです。

2010年8月18日水曜日

SLはMrs


1967_9_30。
この日限りで常磐線から煙が消えた。
平機関区のC6249号機には「さようならMr.SL」の特製ヘッドマークがつけられた。
この後、鉄道ファン誌で「SLはミスターか?」の記事がだされたヘッドマークである。
たしかに、SLの豪快さからすれば男性的かもしれないが、扱いについてなどからは女性的かもしれない。
もっとも、船や飛行機なども、女性として扱われるらしいし・・・・
私自身の人生体験からすると、SLはMrsの女性だと思われる。

2010年8月17日火曜日

江田信号場のD60


今日17日、カメラのキタムラでコンテスト用の写真を6枚焼きました。
内、2枚はDJのフォトコン、4枚が鉄道ファンのフォトコン用。
明日、郵送する予定。
どちらも、入賞の可能性は大、と思って封をしました。
DJの結果発表はDJの11月号。つまり、10月15日発売号。
そう、DJ9月号に「磐越東線を撮る!」との記事が載っていたので、私流の「磐越東線」の写真をアップしました。
この写真は、江田信号場でのD60。1967_9_10に撮影したものです。
当時でも、あまり有名とはいえない線区でしたが、今日でも「地味」な線区だそうです。
私自身も、常磐線のC62撮影のついでで訪問したのですから。
でも、今になって思うと、すばらしい線区であったなあ・・・感慨にふけりました。

2010年8月13日金曜日

リコーハイカラーでD51後部補機を連写


リコーハイカラーというカメラ。
スプリングで巻上げをするので、「連写」ができた。
今持っている7Dは、秒8こま。
このハイカラー、秒1こま、ぐらいは撮れたのだろうか。
1970_8_23 奥羽本線碇ヶ関で、連写したうちの一枚だ。
後押しをしているD51の補機、その動輪周りを狙った。

2010年7月16日金曜日

C623+C6232の迫力


C62重連の発車。
先頭の補機は3号機、本務機は32号機。
発車の迫力に感動して、ここと、倶知安には何度も立ち会った。
こんな、駅構内なのに撮影ができた。なんとも
今考えれば、「夢のような」話だった。
1968_7_17 函館本線長万部で撮影。

2010年7月15日木曜日

センター試験模擬試験問題


1969_9_12 佐倉機関区銚子支区で撮影。センター試験風の質問です。
問い レンガ倉庫のガラス窓に写っている蒸機は、次の①から④の中のどれでしょうか。数字で答えなさい。
① C58
② C57
③ 9600
④ 8620
この日、ここ銚子で大学の鉄研の同期生の合宿があったのです。

2010年7月11日日曜日

2階から見たC58+D51重連


自宅2階から見たC58+D51の重連。
大屋根や手すりの向こうには
上りの八高線重連が・・・、高操に停車するのだろう。
蒸気は切ってある「絶気」だ。
杉やシュロの木々でおおわれた庭など、昭和40年代初期の
自宅は、こんな光景(懐)。
1967_5 高崎線(八高線)を撮影。