この3連休、山口線でC57とC56の重連が走り、多くのファンが押し寄せたそうです。
当時の東北本線(盛岡以北・一戸以南)では、重連、三重連は当たり前だった。
ところで、この写真、微妙なところで左がカットされている。
そのためD51の重連の後ろには、何がつながっているのかわからない。
当時の東北本線では、普通列車や小荷物列車はC61かC60、または、D51がけん引していた。
数両の客車列車では、単機だったが、夜行寝台や急行は、D51などが補機についていた。
ここ、東北本線の長根信号所-滝沢間は旧線で、その後、新線に移っているので、この風景は遠い過去のものになった。
背景の山は岩手山。
1967_8 撮影