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2024年10月31日木曜日

62年前の151系特急「つばめ」(再掲)

 もう一度掲載

1962_8_17には、東京駅ホームで「駅撮り」。

この一枚、広島行きの特急「つばめ」。

この「つばめ」は、この年の6月の広島電化で東京~広島間に設定された151系特急電車だ。

1962年といえば、東京オリンピック開催の2年前で、62年前の中学3年生?

この「つばめ」の運行も、1964年10月の東海道新幹線の開業までだった。



2024年2月12日月曜日

181系「とき」

 1965_3_25 高崎駅にて


撮影。

ダイヤ改正の日だった。上野~新潟間に181系「とき」が走ったのです。

特徴は、ボンネットにかかれた「眉毛」。

その幅が広い。

後になってその幅は塗り替えられ狭くなっているが、この時は「広幅」だった。

屋上のクーラーカバーは、シルバーに輝いている。

新車の香りが漂うようだが、短いスカート部分は少し古さを感じさせている。

テールライトには、「赤色」フィルターがはめこまれている。




2024年1月2日火曜日

年月は過ぎました

2024年の事始めのブログは、水上での一枚。

1967_1_6 撮影の特急「とき」。

冬休みの期間だったのでしょう。


水上へは、上越線で当地から1時間程度かかります。

たしか、雪景色を見たくて行ったはずです?

今このような車両が走っていたらと思ってしまいますが.....

でも、、、、、。

年月はもう50年以上も過ぎたのですね。




2023年1月9日月曜日

(再掲)「撮り鉄」し易かった?

 1965_1_6 は、地元の呼び名で「タカバシ」という場所で撮った一枚。

背景は、東三条通りと高崎線が交差する場所、その「陸橋」下を

下りの特急「とき」が通過中で、


「後部標識」として赤いフィルターがかぶせてある。

今では架線以外にケーブルがたくさん張られたり、ガードレールが設置されているので、「お立ち台」としては良くない。

ちなみにどこでもそうだったが、以前の方が「撮り鉄」しやすかった。

でも撮影の腕は未熟だった?・・・




2022年12月25日日曜日

特急「とき」

1964年12月の撮影。


高崎線の上り線を行く特急「とき」。

流し撮り。

背景には、高崎操車場の上り到着線の貨物が写っている。

右下には、高崎第二機関区と高崎操車場とを結んでいる機走線のトンネルが映り込んでいる。


 

2022年10月21日金曜日

ピカピカの181系「あさま」

あさま山麓を行く181系「あさま」号。
浅間山を背景に181系の新車を撮ろうと中軽井沢へ出かけたのは、1966_10_1のことだった。
屋根の銀色のクーラーカバーが真新しくまぶしい?
稲も刈り取りを控え、実っているようです。
真ん中には、田んぼの見回りの女性の姿も見えている。

撮影機材は、オリンパスペンなので、「ハーフサイズ」。

2021年7月15日木曜日

第一「あずさ」誕生日

 BSフジで中央線の特急「あずさ」の誕生話が紹介された。


1966_12_12 新宿から下り第一「あずさ」は、初列車として松本をめざしていた。

私は、前日の夜行で松本に行き、松本発の上り第一「あずさ」の初号列車に乗車。

→この辺のことは、このブログに何回か掲載しているので、またか?となるが・・・・

当時の時刻は

 下り第一「あずさ」 新宿8時発、松本11時57分着

 上り第一「あずさ」 松本8時発、新宿11時58分着

で、それぞれ午後には第二「あずさ」もあった。

▼この2枚の写真は、松本発の第一「あずさ」に乗車中、下り線を通過する新宿発の第一「あずさ」を撮影したもの。上りの第一「あずさ」には、記念のデコレーションがかざってありましたが、この写真で見ると、下りの第一「あずさ」には、デコレーションはなかったようです。






 



2021年4月12日月曜日

こんなシーンを見て育った

 1967_4_30 ごろの撮影。

鉄道写真の定型的な「編成写真」ではなく、「イメージ写真」。

線路際の、こんなシーンを毎日眺めながら育ちました。

1967年4月号の交通公社の時刻表を見ると、この列車は2004M 「第2とき」だとすれば、

17時5分過ぎの撮影だろうか?

ちなみにこの列車は新潟を13時40分に出て、上野には18時25分に高架の7番線に到着している。新潟~上野間に4時間45分かかっている。



2021年3月7日日曜日

特急「あずさ」誕生日に乗車!

1966_12_11 は、まず松本へ。(再掲)

前日、12月11日の夜行で松本へ行き、上りの第一「あずさ」に乗車したのです。

この日12月12日は、新宿~松本間の特急「あずさ」の誕生日でした。

松本では、盛大な出発式が行われました。

楽隊も繰り出すほど、「あずさ」は地元の大きな期待に応えて登場したのです。

ただ、個人的には、この撮影で重大なトラブルが発生していました。

あとで、現像して気づいたのですが、全コマが「ピンボケ」でした。

さらに原因は、レンズを内側から締め付けるネジのゆるみとわかりました!

一生の不覚です。

なお、この「あずさ」の松本→新宿間の所要時間は、3時間58分でした。

▼新宿に到着した「あずさ」で、大きなデコレーションが付いています。

なお、この「あずさ」誕生の記事は、このブログでは何回も取り上げています。
それだけ「わが撮り鉄人生」にとって印象深い出来事だったのです。




 

2020年11月15日日曜日

高崎第二機関区あたり

 1965_3_11 は、現在の高崎機関区わきで撮影している。

このシーンでは2コマ撮っているが、これは1コマ目。

上り線を行く特急「とき」の撮影には、まだシャッターは早すぎ。

でも、EF62とEF60の100番台が写っている。

画面左奥には、今はなき日本製粉の工場。


2020年11月の現在は、この辺りの撮影はフェンスができたり、住宅ができたりして、とても難しくなっているが、

この一枚で見ると、当時は、結構いいお立ち台があったようだ。




2020年4月20日月曜日

太帯の「クハ181-44」、第一「とき」

1965_3_25 の撮影。
この年の3月20にダイヤ改正が行われたが、「とき」の運転初日は撮影日の3月25日だった。
当時の時刻表によると、「上野~新潟間に電車特急「とき」が増発運転となります。」との記載がありましたが、増発といっても、2往復になっただけです。
▼これは、高崎駅停車中の下りの第一「とき」で、車番はクハ181-44です。
ボンネットの「帯」が太めになっていますので、貴重な一枚だと思います。
ピカピカなのは「新車」のせい?リニューアルのせい?
この第一「とき」のダイヤは、上野7時50分発、新潟12時35分着でしたので、4時間45分も掛かっていました。

2019年8月12日月曜日

広島で(再掲)

1966_8_25 は、「鉄研」の夏季合宿だった。
これは、その帰り道。
広島での一コマ。
呉線ではC62がまだ走っていましたが、撮影には行かず、ココ広島から帰宅してしまった。すごく、残念なことでした。
乗り継ぎの関係だろうか、広島では停車中のC62の他、この181系の「しおじ」を撮影。
「しおじ」は、新大阪と下関を結んでいた特急で、ダイヤからは、下りの下関行20時01分発の「第二しおじ」だろうか。


2018年12月26日水曜日

181系「とき」

1965_9_19は、東海道本線から151系「こだま」が消えて一年になろうとしていた。
高崎駅に停車中の「とき」は、東海道本線から移ってきて、
151系から181系となった電車。
高崎駅舎の屋根が、背景に写っている。
昭和40年のことだ。


2017年5月10日水曜日

メモの大切さ 181系「あさま」 

1966年秋から1967年の冬という、あいまいな撮影日。
上りの181系「あさま」が妙義山を背景に走る。
信越本線の磯部か松井田か、場所が特定できない。
ネガケースのメモの大切さが、わかる一枚だ。
50年前のことでも、メモさえあれば・・・。

2016年10月27日木曜日

特急「あずさ」誕生

(再掲)
1966_12_12 は、松本駅のホーム。
▼特急「あずさ」の出発式前。

前日の夜行で松本に行き、この8時発の「あずさ」で新宿へ戻りました。
*
あとでわかったのですが、このときは、ハーフカメラでしたが、
「カメラが壊れていたのです」。
カメラの内部の、レンズを抑える丸い枠が緩んで、ほぼ全部ピンボケでした。
せっかくの歴史的現場に居ながら、満足のいく写真が撮れませんでした。

2016年10月26日水曜日

特急「あさま」 「あずさ」誕生のポスター

1966_10_1 には、「あさま」が、
1966_12_12には、「あずさ」が誕生した。
これはその時のポスター。
たしか、上野駅でのもの。
撮影日は、10月1日前後だろうか・・・。
「あさま」については、10月1日には碓氷峠に撮影に行き、
「あずさ」には、夜行で松本に行き、
松本からの一番電車に乗り込んだ、という熱の入れようだった。
ポスターの下には、「愛称名当選者」が掲載されている▲。

2015年10月18日日曜日

151系「こだま」

撮り鉄人生の中で、この一枚は古いほう。
1962_8_17 撮影の151系「こだま」。
東京駅での駅撮り。
このころ、「富士」も151系だった。 
53年も前の一枚でした。

2013年8月30日金曜日

広島停車中の「しおじ」

1966_8_25 の広島駅。特急「しおじ」が停車中。この「しおじ」、新大阪と下関をむすんでいた151系(181系?)。セノハチ対応のため連結器カバーが無く、自動連結器がむき出しになっているので、下り方の展望車、クロなのだろうか。

2013年6月16日日曜日

イノシンで後追い161系「とき」

1966_8_6 は、上越線井野-新前橋(イノシン)間へ。161(181)系「とき」の後追い。左には、群馬県の民家、養蚕に適した三つ屋根の民家と蔵が写っている。このころの161(181)系は、ヘッドライト部分に赤いフィルターをかぶせて後部標識としていた。

2013年5月26日日曜日

181系「とき」通過

自宅付近の一枚。・・・でも、同じ一枚を再掲かもしれないが・・・。高崎操車場と高崎第二機関区を結んでいるのが、地下トンネル。今では、2本のうち、左の線は封鎖され、右の一本だけが使われている。高崎線の上り本線を181系「とき」が通過している。 1965_5 下旬の撮影。