もう一度掲載
1962_8_17には、東京駅ホームで「駅撮り」。
この一枚、広島行きの特急「つばめ」。
この「つばめ」は、この年の6月の広島電化で東京~広島間に設定された151系特急電車だ。
1962年といえば、東京オリンピック開催の2年前で、62年前の中学3年生?
この「つばめ」の運行も、1964年10月の東海道新幹線の開業までだった。
はじめてカメラを手にしたのは、父親から買ってもらった富士フィルムの「ペット35」。小学6年生だった。その1960年代のはじめから撮り貯めた、とっておきの思い出鉄道写真と、今もバリバリ撮り続けている鉄道写真をエピソードと共に紹介します。
もう一度掲載
1962_8_17には、東京駅ホームで「駅撮り」。
この一枚、広島行きの特急「つばめ」。
この「つばめ」は、この年の6月の広島電化で東京~広島間に設定された151系特急電車だ。
1962年といえば、東京オリンピック開催の2年前で、62年前の中学3年生?
この「つばめ」の運行も、1964年10月の東海道新幹線の開業までだった。
1965_1_6 は、地元の呼び名で「タカバシ」という場所で撮った一枚。
背景は、東三条通りと高崎線が交差する場所、その「陸橋」下を
下りの特急「とき」が通過中で、
今では架線以外にケーブルがたくさん張られたり、ガードレールが設置されているので、「お立ち台」としては良くない。
ちなみにどこでもそうだったが、以前の方が「撮り鉄」しやすかった。
でも撮影の腕は未熟だった?・・・
BSフジで中央線の特急「あずさ」の誕生話が紹介された。
1966_12_12 新宿から下り第一「あずさ」は、初列車として松本をめざしていた。
私は、前日の夜行で松本に行き、松本発の上り第一「あずさ」の初号列車に乗車。
→この辺のことは、このブログに何回か掲載しているので、またか?となるが・・・・
当時の時刻は
下り第一「あずさ」 新宿8時発、松本11時57分着
上り第一「あずさ」 松本8時発、新宿11時58分着
で、それぞれ午後には第二「あずさ」もあった。
▼この2枚の写真は、松本発の第一「あずさ」に乗車中、下り線を通過する新宿発の第一「あずさ」を撮影したもの。上りの第一「あずさ」には、記念のデコレーションがかざってありましたが、この写真で見ると、下りの第一「あずさ」には、デコレーションはなかったようです。
1967_4_30 ごろの撮影。
鉄道写真の定型的な「編成写真」ではなく、「イメージ写真」。
線路際の、こんなシーンを毎日眺めながら育ちました。
1967年4月号の交通公社の時刻表を見ると、この列車は2004M 「第2とき」だとすれば、
17時5分過ぎの撮影だろうか?
ちなみにこの列車は新潟を13時40分に出て、上野には18時25分に高架の7番線に到着している。新潟~上野間に4時間45分かかっている。
1966_12_11 は、まず松本へ。(再掲)
前日、12月11日の夜行で松本へ行き、上りの第一「あずさ」に乗車したのです。
この日12月12日は、新宿~松本間の特急「あずさ」の誕生日でした。
松本では、盛大な出発式が行われました。
楽隊も繰り出すほど、「あずさ」は地元の大きな期待に応えて登場したのです。
ただ、個人的には、この撮影で重大なトラブルが発生していました。
あとで、現像して気づいたのですが、全コマが「ピンボケ」でした。
さらに原因は、レンズを内側から締め付けるネジのゆるみとわかりました!
一生の不覚です。
なお、この「あずさ」の松本→新宿間の所要時間は、3時間58分でした。
▼新宿に到着した「あずさ」で、大きなデコレーションが付いています。
なお、この「あずさ」誕生の記事は、このブログでは何回も取り上げています。
1965_3_11 は、現在の高崎機関区わきで撮影している。
このシーンでは2コマ撮っているが、これは1コマ目。
上り線を行く特急「とき」の撮影には、まだシャッターは早すぎ。
でも、EF62とEF60の100番台が写っている。
画面左奥には、今はなき日本製粉の工場。
2020年11月の現在は、この辺りの撮影はフェンスができたり、住宅ができたりして、とても難しくなっているが、
この一枚で見ると、当時は、結構いいお立ち台があったようだ。