
このころ、82系の下りの「白鳥」は、高崎を10:07に出て、大阪には21:07に到着していた(なお、直江津からは、上り列車扱い)。
11時間で、大阪に行けたのだ。
相変わらす高崎操付近は、撮り鉄少年の「修行の場」だった。
編成写真としては落第だが、高崎操の情景がわかる風景写真としては、及第点か。
1962_12_撮影。このときの年齢は14歳。
はじめてカメラを手にしたのは、父親から買ってもらった富士フィルムの「ペット35」。小学6年生だった。その1960年代のはじめから撮り貯めた、とっておきの思い出鉄道写真と、今もバリバリ撮り続けている鉄道写真をエピソードと共に紹介します。