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2023年2月22日水曜日

原風景

わが人生の一部は、確かに「撮り鉄」の人生だった。
その原風景の一枚がコレ。
被写体は、高崎第二機関区のEF15が牽引する貨物列車。
EF15の背景にそびえるのは、上毛三山の一つの榛名山と国鉄の照明塔。
当地では、他になじみの山は赤城山と妙義山、そして浅間山がある。
この貨物列車、下り線を通過しているので、信越線か上越か両毛のいずれかだろう。
いずれにしても、毎日こんな風景のなかで暮らしてきた。

1974_04  ごろの撮影。


2022年8月8日月曜日

上越線 電機の三重連に牽かれて

2022年の8月は、酷暑、集中豪雨で明けました。


57年前の1965年7月撮影のこの一枚は、上越線の水上以北で撮った「電機の三重連」です。

EF15や16が牽引する普通列車でこの日、上越国境を越えて新潟に向かいました。

このあと長岡の手前の宮内で乗り換え、信越本線の鯨波で海水浴をしたのです。

その往路は「電機の三重連」の撮影▲という、貴重な一こまでした。

後に、東北本線の「蒸機の三重連」に魅了されたのは1967年ごろでした。



 

2020年9月12日土曜日

EF15とその背景

2020_9_12の投稿。

だいぶ間が空いてしまった。


この一枚、1963_11ごろのスナップ。

EF1596が高操と第二機関区との「回送線」を走っている。

回送のため、「片パンタ」だ。

右には、建設中の「キリンビール高崎工場」らしい建物が見える。

左の住居には、VHFのテレビアンテナの高いポールが立っているが、

東京からの電波なので、写りは悪かった。

このころの、町のスナップ写真には、このアンテナが写っていることが多い。


 

2020年7月18日土曜日

EF15

1963年7月撮影。
この年の7月15日には、碓氷新線が開通し、アプトとの併用運転が始まっている。
▼撮影は、高崎第二機関区だろう?
検修施設?の改修が進んでいる横のEF15。
このころの関心事は、どちらかというと新型のEF62や63だった。

2020年1月18日土曜日

新しいパソコンの「書初め」は、EF15(写真は再掲)

新しくパソコンを購入しました。
windows10のものでメモリは16GBで、SSD500GBで、windows7からの買い替えです。
7でもよかったのですが、ウィルスに襲われる?などの殺し文句に負けました。
この新しいパソコンも、ようやく使い始め今回の投稿が「書初め」になりました。
1967_1_7 撮影の高崎線で、新町~倉賀野間を走る、EF15牽引の貨物列車です。
今のデジいちでは、千分の1のシャッターが常識ですが、当時は200分の1程度でした。
しかも、被写体が小さく写っています。今ではこの辺りは工業団地になっています。


2018年1月12日金曜日

EF15

1984_2 撮影の一枚。
現在の高崎機関区、当時は高崎第二機関区か高崎運転所か?
EF15を遠くから撮っている。
このころは、構内に入って気軽に見学や撮影はできなくなっていたのだろう。
写真としては、物足りない一枚だが・・・。
今これを見ると、それなりに貴重な一枚だ。
紙が散らかっている!なぜだろうとおもったら→雪?



2017年9月20日水曜日

EF15

1965_9ごろ 撮影。
このころしばしばここまで撮影に行った。
ココは高崎線倉賀野~新町間の17号跨線橋近く。
松の陰からEF15の貨物列車が通過する。

2017年8月19日土曜日

EF15

1963_7 ごろの一枚。
高崎第二機関区の構内を走るEF1550。
単機で移動中なので、片パンタだ。
誘導掛のシャツ(下着?)姿が時代を感じさせる。
我が家は、ここから近いので結構機関区には通っている。
ただ、残念なのは、しっかりした形式写真を撮っていないことで、
「鉄道写真」の基本も知らないで撮っていたことだ。
写真左に半分だけ写っているのは、蒸機時代の給水塔か?

2016年6月27日月曜日

鉄道少年のころEF15を撮った一枚

さらに古い一枚があった。
1960_4 ごろ撮影のEF15 124。
ボディーがピカピカなのは、検査直後かもしれない。
パンタが上昇していればいい写真?なのだが。
左には、暖房車「ヌ」の姿も・・・。
場所は高崎第二機関区。
母などは、近所の人たちと、
この機関区の石炭の燃え殻拾いに行っていたのを思い出した。
撮影時の1960年は、昭和35年だから、12歳ということになる。

2013年9月13日金曜日

背景には日本製粉の木造工場

地元周辺を撮影。1967_8 ごろ、現在の高崎車両センター高崎支所わき。背景には、今は無き「日本製粉」の木造工場。上り本線にはEF15が、機走線にはEF56の姿が写っている。

2012年11月22日木曜日

雪の日のEF15

2012_11_21 に、ある写真コンテストの入賞の内定通知が届いた。 正式発表は、本人確認と同意書の返送後の発表になるそうだ。そういえば、これだけ、毎日撮り鉄をしているのでその成果が発揮されたのかも・・・?(^^・ 今日のこの一枚は、1965_1 撮影の、EF15130号機。雪が吹き付けている。今はこの機走線(回送線)は、1本になったが、当時は2本あり、高崎操車場への上りと下りによって、分かれていた。 左上には、高崎線の上り線と、高崎操車場の到着線も写っている。

2012年5月9日水曜日

高崎第二機関区40周年メダル

コレクションを紹介。 1985年3月発行の「高崎第二機関区40周年 さよならEF15」。
もう1面は、「EF15165のレリーフ」。
直径37ミリ。 どのようにして入手したのかは、記憶にないが、EF15の配置がなくなったのを記念してメダルを作成したのだろう。 歴史を調べると、1945年2月1日、高崎機関区を高崎第一機関区と改称し、高崎機関区高崎操車場支区を廃止、高崎第二機関区が新設された、とのこと。 私のこの趣味を育ててくれたのも、この機関区かも。 下は1967_1_7 撮影のEF15122。自宅近くの踏み切り付近で撮影している。

2011年10月29日土曜日

EF15牽引貨物列車の編成写真


この一枚を見て、こんなすっきりした場所があったのか、と感激。
自宅前の高崎線をEF15の貨物列車が通過。
このような貨物の編成は、今では見られない。
ほとんどが、コンテナかタンク車の編成だ(^^。
画面右後ろには、榛名山も見える。
1967_2_撮影。

2011年7月18日月曜日

EF15けん引の旅客を津久田・岩本間で撮った



津久田・岩本間は、すでに1965_7_23の時点で、いい撮影地であった。
EF15がけん引する旅客列車が、棚下地区を行きます。
対象となる電機が小さいのでこの一枚は、画像を少し大きくしました。
ちょうど46年前の一枚ですね。
このころは、望遠レンズも広角レンズもなく、ただ標準レンズ一本で撮影したのです。
それでも、それなりの写真は残っているのですから、安易に望遠や広角でなく、標準レンズでシッカリした写真を撮りたいですね(^^;

2011年7月12日火曜日

今はなき旧線を行くEF15


EF15を高崎線新町-倉賀野間で撮影。
今は、この下り線は付け替えられている。
車両を小さく扱っているので、周りの様子がわかる。
結構すっきりした写真になっている点は好ましい。
1967_1_7 撮影

2011年6月15日水曜日

EF15けん引の貨物列車


釧路へ行ったり小樽へ行ったりなど、全国に遠出もしましたが、
地元でもシッカリ撮り鉄をしたい(^^;
1965_10_1 撮影のこの一枚は、その地元高崎駅の東南でのもの。
背景にはVHFのアンテナポールが何本も高くそびえている。
EF15けん引の上越か両毛か信越かなどは不明だが、こんな貨物列車そのものが珍しい。
スナップ的な一枚も、時代を経ると貴重だ。

2011年5月17日火曜日

EF15を井野-新前橋で


井野-新前橋間の撮影は、今でも時々行く。
最近では、C6120を撮りに行っている。
1966_8_6 の時は、EF15の牽く貨物を撮った。
後追いだが、これはこれで絵にはなっている。
このEF15の模型はぜひほしい・・・機種だ(^^。

2011年5月3日火曜日

1963年 EF15の牽く貨物列車を高機わきで・・・


EF15を高崎第二機関区わきで撮影。
今の高崎機関区(高機)。
この場所、今ではフェンスができたりして撮影はしにくいが、このあたり、50年近く前と雰囲気は同じ。
それは何両もの「電気機関車が並んでいる風景」と高崎線がとおっていること・・・(^^。
1963_4 撮影