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2020年5月19日火曜日

川越線にキハを追う

川越線のキハ30形か35形を日進~指扇間で撮影。
1967_6_14 ごろの撮影なので、大学からの通学帰途だったのか?
このころ、朝夕はキュウロク(9600形)も客車をけん引して活躍していた。
撮影時は20歳そこそこでしたが・・。

2020_5_19 のJ新聞に気になる記事。
それは、「健康寿命、男性72.07歳(2016年時点)」。
その「健康寿命」とは、自立して日常生活を送れる期間を示すとのことだそうで、2018年の男性の平均寿命(80.92歳)とは8歳ほどの開きがあるようです。





2017年6月13日火曜日

川越線のキハ

1968_6_13 は、川越線へ。
本命は9600形だが、キハ30形、35形も撮影している。
ケヤキの大木が線路を覆っているのが、ここの特徴。
日進~指扇間だ。

この日、もちろん9600形も撮影している。
大学への通学途中に何回か立ち寄ったが、今、思うと夢のような瞬間であった。
のちの1985年(昭和60年)9月30日の川越線全線電化開業にともない、
ここのキハは運用を離脱している。
なお、これと同じ構図の写真は以前にもアップしている・・・。

2014年7月18日金曜日

大宮でキハ30を撮影

1964_7 の夏休みに入ったころ、東京駅と新宿駅へ「駅撮り」に。 大宮付近を走行中の列車内から撮影した一枚。川越線用と思われる「キハ30」。右の建物は、大宮貨車区だろう。このあと、東京駅ではEF60けん引の「さくら」などを撮影。

2013年6月10日月曜日

高崎運転所の首都圏色キハ

1994_2 ごろの撮影。D51498を高崎駅で撮影したおりの帰り道だろうか。現在の高崎車両センター高崎支所だが、当時は高崎運転所だったか。八高線の首都圏色のキハ30が並んでいる。このような何気ない一枚でも、何年も経つと貴重な一枚になるようだ。

2011年4月19日火曜日

ケヤキのトンネル(川越線のキハ30) 


1967_6_12 当時、川越線では9600の旅客や貨物列車のほか、キハ30が走っていた。
ケヤキが線路中央上部までおおいかぶさって、トンネルのような独特の雰囲気を作っていた。
日進と指扇の間だった。
ここを知ったのは、「鉄ピク」か「鉄道ファン」に載った「庄野テツジ」さんの写真を見てからだ。