はじめてカメラを手にしたのは、父親から買ってもらった富士フィルムの「ペット35」。小学6年生だった。その1960年代のはじめから撮り貯めた、とっておきの思い出鉄道写真と、今もバリバリ撮り続けている鉄道写真をエピソードと共に紹介します。
2012年9月30日日曜日
同時発車 歓声に応えるC61の乗務員さん
2012_9_30 は、「同時発車」撮影のため、午前5時過ぎにはいつもの高崎駅のお立ち台へ。
9時56分長い汽笛2声で発車(プッシュしているDD51の汽笛は聞こえませんでした)。RAWで連写しましたが、25コマ前後でバッファがいっぱいになったのか、連写が一時ストップ。その後、一呼吸を置いて連写が再開、という撮りかたでした。この発車・並走シーンは、結局36コマほどの連写で撮りました。
下のこの一枚、C61の蒸気ドームの向こうの一筋の煙がD51のもの。ここから1キロほど並走。なお、ほかのブログによると、このあとC61が先行したようです・・・・(^^・。
C61の運転室内の乗務員が手を挙げて歓声に応えています。
この「同時発車」は、これで3回目ですが、前2回に比べ人出は少なめでした。
2012年9月28日金曜日
18年前の高崎運転所のDC
現在の高崎車両センター高崎支所が高崎運転所と呼んでいたころ。
1994_2 撮影。左隅にはDD51、正面右には八高線用のキハ35が何両も見える。さらに右には115系電車も・・・。
現在とは、DCの車種だけが違う18年前の写真。
変わらないものはDD51と115系だ。
最終日のE1系を追い越すE2系(3)
2012_9_28 夕方は、高崎駅へ。
「Maxたにがわ422号」が13番線に停車。
その脇の上り通過線をE2系「あさま540号」が追い抜いています。
追い抜く「あさま」がもっとぶれていたほうがいいかも・・・。
明日からはこの風景はE4系に代わるはずだ(^^・
大カーブを行くE1(2)
2012_9_28 昼前は、E1系「Maxとき317」を撮影に市役所21階展望ホールへ。
E1は高崎駅に向かうために、おおきなカーブを通過します。
でも、あいにくの曇りそして雨。
霧が迫ってきたりで、クリアな写真は不可能でした。
カメラ機材は、EOS7D 70~200㎜f2.8 2倍のテレコン+1.4倍のテレコンなので、900ミリ相当かな。
MaxE1系最終日(1)
MaxE1系定期運用最終日の夕方。
これは高崎駅12番線に停車している「Maxとき333号」を
「パノラマ180度」で撮影しました。
駅には鉄ちゃんが10名ほど・・・。
本来の高崎駅での最終列車は、深夜帯でもあるのでパスに・・・
2012_9_28 高崎駅で撮影。
2012年9月27日木曜日
MaxE1系からMaxE4系へ
「Max12両編成からMax16両編成へ(E1系からE4系へ)と変更になり、新幹線の座席がこの29日から増える。」
こんな意味内容のお知らせが、高崎駅に掲示されていました。2012_9_26撮影。
いよいよ、明日28日限りでE1系が定期営業列車から消える。
この一枚は、2012_7_12 撮影。高崎駅でのE1系。
ED42 横川を発車
10月はダイヤ改正の月。
9月30日で、アプト式鉄道は消え本格的に粘着運転の新線に切り替わった。
そこで、1963_9_22 は、碓氷峠のアプトを撮影に。
ED42の三重連が、いま横川を発車して25パーミルの坂を上り始めた。先頭にはもう一台のED42が付いていたので、4両の機関車で軽井沢まで往復していた。
49年前の一枚だ。
2012年9月26日水曜日
2012年9月25日火曜日
ハラダの工場建設とE233系
ラスクのハラダが工場を建設中。
高崎操車場脇の高崎線下りを通過するのはE233系。
ハラダのほか2社がここ高崎操車場跡地に進出を決めたそうだ。
ここには、新駅設置の構想があり、すでに駅前どおりの整備は進んでいる・・・。
この辺、数年後には景観が一変するはずだ。
2012_9_24 撮影。
ブタ鼻EF6015の形式写真
機関区公開では、形式写真が容易に撮れるので、なるべく行くようにしている。
1985_3_31 高崎第二機関区の「機関車大集合」では、EF6015号機が撮れた。
このカマ、2年後の1987年には廃車になっているが、ヘッドライトは「ブタ鼻」で不評をかっていた。
いま高崎車両センターでイベント列車で活躍しているのは、仲間の19号機。
2012年9月24日月曜日
EH200 逆光に挑戦!
本来、このお立ち台は、順光向き。
でも、きょう逆光に挑戦してみた。
露出合わせが肝心なので、何回も試し撮りをした。
撮影後、キャノンのDPPのHDRのナチュラルモードで処理をしてみた。
結果はどうでしょうか?
2012_9_24 高崎操車場脇で撮影。
がんばる 211系
どうも生活がこのブログを中心に回っている感がある。
それだけ、余裕というか、やることが見つからないというか・・・・。
少々の田んぼと畑仕事、そして防犯委員という役、農協の代議員とかもやっている。
それでも、これらの時間以外が、ブログのアップとそのための取材?というわけ。
この一枚、夕方、211系が群馬の名山、榛名山を背景に上野をめざして高崎操車場を通過。
何本かはE233系に代わったが、まだまだ211系もがんばっている。
そうそう、ホビダスの「わが国鉄時代(Vol9)」という雑誌向けに、写真と原稿を送ってある。今回は、何枚採用されるか、いまから楽しみ(^^・
2012_9_24 高崎操車場で撮影。
2012年9月23日日曜日
後補機D51 沼宮内をダッシュ
東北本線の沼宮内は、補機の基地。
ここから単機が重連になり、重連が三重連になる列車も多かった。
重連には、このように前牽き後押しのプッシュプルもあり、いま、後補機D51がダッシュに入った。
東北本線なので次から次へと列車が通過し、沼宮内駅周辺は、忘れられない「お立ち台」になった。
1968_5_5 撮影。
北斗星色のEF510
北斗星がデザインされたEF510が闇に流れる。
2012_9_22 自宅前の高崎線で撮影。
車両本体をはっきり撮らない「イメージ写真」の部類。
この21日に、雑誌「アサヒカメラ」を購入した。ここに入選した写真の中には、ピンボケ・ブレ」のものもある。
「被写体ぶれ、カメラぶれ、ピンボケ」写真だったら、即失敗!とはいえないのが、写真のおもしろさなのかも(^^・
2012年9月22日土曜日
いつものところで、カッコよく撮れた
今回も同じ内容かな?
「自宅で、汽笛が・・・」。
いつもと違うのは、その時刻。
午前11時だった。
はて?
今日は水上まで2個列車が運転される日だ。
11時50分高崎発の「SLレトロみなかみ3号」の発車まで間にあう!(^^・
駅へ・・・
でも撮影に、いつもと違う工夫をしたのが、この一枚。
カッコよく撮れ、しかも、ノートリミングですんだ。
2012_9_22 高崎駅北のいつものところ。
もう一枚追加。
コレはいつもと同じ構図。
でも、きょうは煙がいい感じ。
2012年9月21日金曜日
安中貨物の夜間走行シーン
久しぶりに安中貨物の夜間走行撮影。
ISOは、12800で撮影。
シャッターは100分の一、絞りは3.5。
18ミリの広角側で撮影。
もっと明るいレンズであれば、ISOをさげられるのだろう。
それにしても、夜間の走行撮影が出来るなんて・・・。
2012_9_21 高崎線のいつもの跨線橋下で撮影。
「国鉄時代」VOL31(11月)号に掲載されました
ネコ・パブリッシング発行の「国鉄時代」VOL31(2012年11月号)が今日、2012_9_21 に発売された。
かねて、投稿していた記事がp44~45に掲載されていました。
夜行列車にまつわる、「すずらん6号の思い出」で、大きく伸ばされた写真には迫力がありました。
また、他の「EF53のページ」には、急行黒部の投稿写真の掲載がありました。
さて、今日アップした一枚は、プッシュプルで運転された「SL碓氷」の編成写真。
前にも紹介しましたが、ここはRMのお立ち台なので、いい感じの写真が撮れるところですね。
2012_9_16 群馬八幡-安中間で撮影。
2012年9月20日木曜日
「ELSL両毛」の組成
「ELSL両毛」の試運転を2日間追った。
その中で、「プッシュプルの編成はどのよう組成するのだろうか」ということで、高崎駅東南の高崎車両センターの客車留置線に行ってみた。
この写真はC61がバックで入って、12系客車を連結し、引っ張り出しているところ。
このあと、ポイントを渡り再びバックし、EF65と連結。
本番は11月3日だが、秋の臨時列車には、この他DD51の重連やDD51のプッシュプルも予定されているので、これらについても「試運転」予定があるのだろうかな?
2012_9_20 高崎駅客車留置線
両毛線の湘南色115系
午後、「ELSL両毛」の試運転を撮りに駒形・伊勢崎間へ。
場所は、オートレース場の東。背景の小山はお富士山古墳。
この一枚は、「ELSL両毛」通過後の上り115系。
湘南色の115系は、全国的には珍しい色。
手前の休耕田の水がいい雰囲気をかもし出している。
2012_9_20撮影。
2012年9月19日水曜日
「あさかぜ」風HMを付けたPトップの試運転
西の畑で、チンゲンサイの種まき。
雨もようなので、発芽はうまくいくだろう。
「汽笛」が、それも蒸気だけでなく、「ピー」という電機も・・・
駅に駆けつけると・・・。
「あさかぜ」風のヘッドマークを付けたEF65501、Pトップ。
最後尾にはC6120。
11月3日の「EL・SL両毛」の試運転でした。
10時10分、高崎駅を汽笛2声のあと発車していきました。
2012_9_19
2012年9月18日火曜日
ゴハチの次位の暖房車
1964_10 ごろの撮影のはず。
東京オリンピック開催の年。
写真は、高崎操車場わきの高崎線を通過するゴハチEF5888けん引の普通列車。
分からないのは、次位に暖房車が連結されている点。もともとEF58には、ボイラーが付いているはずなので、暖房車は要らないはず。なぜ、暖房車なのだろうか?
また、撮影時期は、10月でなくもっと遅いのかも・・・。
いつからこの趣味を持ったのですか・・・
2012_9_16 の人出には驚いた。
場所は、信越本線群馬八幡-安中間の板鼻地区。
3連休の中日で、出やすい環境だったのだろうし、「行きも帰りもSLがけん引します」に魅力を感じたのだろうか。
農道にもクルマがいっぱいであった。
私は、撮影地で出会った人によく質問している。
「いつからこの趣味を持ったの?」との質問だが、
ほとんどの答えは、「数年前から」であった。
なかなか、「何十年も前から」の人には出会わない。(^^・
2012年9月17日月曜日
D51「SLみなかみ」 107系の進入と被りました
畑のブロッコリーの苗の葉っぱが虫に食べられているので、「マラソン」の液剤を噴霧。
この作業中、「汽笛」が。
今日はD51だが、行って見よう・・・。
駅では、D51の発車が数分遅れたため、写真左の107系の駅進入とかぶりました。
SLけん引の同時発車は、この9月30日。いまから楽しみだ。2012_9_17 いつもの高崎駅
2012年9月16日日曜日
快速SLレトロ碓氷 プッシュするC61
「行きも帰りもSLがけん引します」とのふれこみの「快速SLレトロ碓氷」が運行された。
2012_9_16 行きは、D51498で帰りはC6120が旧型客車を牽引した。
行きと帰りと2度撮影に行ったのは、群馬八幡-安中間。
行きは、広角で迫ってみた。
この一枚は、行きの最後尾のC6120。このときは、煙を吐かず、ぶら下がっていただけのようだ。
画面で見ると、実際の進行方向は左だが、後ろ向きにぶら下がっているので、右方向に向かっているようにも見えるね。(^^・
2012年9月15日土曜日
高崎線上り165系準急
1965_9_末 高崎線の上り線を行く165系準急。
いま、この場所は新幹線の高架橋があり、景観は一変している。
1965年といえば、東京オリンピックの1年後だ。
奥のテレビアンテナが時代を語っている。
C61けん引「SLみなかみ」高崎発車
EOS 5DMarkⅡを借りて一枚撮った。
ⅢでなくⅡのほうだが・・・。
ニコンのD600も発売されるので、フルサイズの感じをつかみたかったのだ。
いつものパターン。それは、畑でたまねぎを播種していると、「汽笛」。
きょうも運転があるのか。
いつもの高崎駅の北へ。
ここには、テッチャンは誰もほかにはいない・・・。
70~200ミリのLレンズで撮ったのがコレ。
ここでの撮影は何度だろうか、数十回は来ている。
視点やひらめきが変わらないので、おんなじ写真ばかりでごめんなさい(~~
2012_9_15 最初D51かなと思っていたが、C61でした。
2012年9月14日金曜日
「安中貨物」の編成写真をRMの「お立ち台」で
今日は午後7時から「碓氷線インストラクター」の会議が、松井田で。
そこで、ここに立ち寄った。
信越本線の群馬八幡-安中間。
ここは、RMの「お立ち台」としても紹介された場所。
確かに、編成写真を撮るにはAクラスの場所かも。
安中貨物が再開されたが、ここ通過は午後5時30分すぎ。
見た目はそうとう暗く見えるが、写真にするとその暗さはごまかせる。
特にモノだと・・・。
昼の撮影はもうすぐ限界だね。
2012_9_14 EF510は509号機だった。(^^・
2012年9月13日木曜日
安中貨物 高崎線新駅予定地で撮影
夕方、高崎操車場へ。
目的は「安中貨物」の乗務員交代。
でも、いいカットは撮れませんでした。
この一枚は、高崎操車場跡地開発で、新駅が予定されている場所。
今年、この高崎操車場跡地にハラダ、原産業、高崎共同計算センターの進出が始まり、駅新設に弾みがついた感じ。
その新駅は、10本ある操車場と高崎線の上下線を跨ぐ跨線橋の南と北に駅入り口が出来る構想。
いつ着工し、いつ出来るかの発表はまだ無い・・・。
2012_9_13 高崎操車場の北側から撮影。遠くに妙義山が見え、夕日が美しかった。
EH200けん引の秋田貨物
久しぶりに倉賀野駅西へ。
高崎操車場の構内から高崎線の本線に入ったところ。
EH200がけん引する秋田貨物。
編成写真であるが、架線などの影が正面に写りこんでいるのが難点・・・。
高崎操車場の構内からの本線への渡りなので、編成がくねくねしている。
2012_9_13 7時30分ごろの撮影。
2012年9月11日火曜日
タキ1200 安中貨物
通称「安中貨物」の運行が再開された。
上りは、当地を20時57分ごろの通過。
30分の1のスローシャッターで流した。
けん引機でなく、タキ1200に注目した一枚。
2012_9_11 いつもの跨線橋下で撮影。
EH200 雨上がりの線路を照らす
自宅前に陸橋(跨線橋)がある。
20時12分ごろの上りの貨物。
けん引機はEH200。
三灯(実際は4灯)に見えるヘッドライトが目印。
雨上がりの線路をヘッドライトが照らしている。
2012_9_11 いつもの高崎線上の跨線橋
高崎操車場廃止直前の一枚
高崎操車場廃止直前の一枚。
1984_1_29 撮影。
この2日後ハンプが廃止された。
この後、貨物輸送は拠点間の直行方式に代わった。
ここのハンプは、高崎寄りにあり、倉賀野方面に向かって突放(トッポウ)された。
写真には緩急車が写っている。
C58 高崎操車場購買部からの一枚か
1964_9 ごろの高崎操車場でC58を撮影。
C58が両毛線や八高線などで活躍していたころだ。
高崎操車場の北から南側に向かって撮っている。
ここには、構内に「購買部」があり、いまで言うコンビニ風の施設があり、国鉄職員や職員家族が利用できた。
そのため、この構内から高崎操車場の蒸機が時々撮影できた。この一枚は、その購買部付近からのものだろうか。逆光なのでシルエットになっているせいか、機番は判明できない・・・。
のち、「高崎操車場(のハンプ)が廃止になるなんて!」と、廃止の報を聞いたときは思った。
2012年9月10日月曜日
「ゆうづる」のヘッドマークを付けたC6210
常磐線の平機関区。
1967_9_29の夜から_30日未明にかけてが、夜間撮影の最終日だった。
この10号機は、実際は「ゆうづる」牽引でなく、ヘッドマークだけであった。
でも、新しいペンキで黒光りして最後の日を迎えた。
右はD51で、カマボコドーム機。
広々とした夜間の機関区の雰囲気が出ている一枚。
上信電鉄ED316の形式写真
上信電鉄本社前の留置線。
ED316がちょうどいい位置に停車していた。
こういった撮影会でも、なかなかいい「形式写真」を撮る機会は少なかった。
いつもは電柱やその他の障害物が多かったが、ようやくここに実現?
でもパンタが上がっていないのは、稼働できないEDにとっては、しかたのないことだろう。
2012_9_9 撮影。
EF60126けん引貨物
高崎第二機関区のEF60は、1964年9月に、103,104,126,127号が新製配置された。
この一枚は1965_9 タカバシで撮影した126号機。この1年後には広島に転出している。
いまでは、こんな貨物列車もめずらしい・・・。
「銀河鉄道999号」最終運行時の編成写真
999号の編成写真。
2012_9_9 、この編成は下仁田へは2往復しているが、この一枚は2往復目の下り。
午前撮影のときと違い、うす曇状態なので、強い影は出ていない。
下回りがキャノンのDPPでHDR処理をしているので、黒つぶれしてない。
編成写真は、厳しい条件があるので、傑作は少ない。これもまだまだ・・・・。
いつものお立ち台で撮影。
2012年9月9日日曜日
999号を正面から見上げる
「銀河鉄道999号」さよなら撮影会に行った。
2012_9_9 午後15時50分から上信電鉄高崎駅留置線で、構内での撮影のほか、車内や運転室の見学が可能であった。
この一枚は、線路目線から見上げたアングルで、HDR処理を施している。暗部のデテールが回復しているのが分かる。さて、この500形、今後どんなデザインに塗り替えられるのだろうか。やっぱり地元の広告電車になっちゃうのかな?
2012年9月8日土曜日
EF6019けん引小麦列車
1984年2月1日のダイヤ改正により、ヤード経由式貨物輸送は全廃され、高崎操車場は変わった。
撮影は、2年後の1986_8_11。EF6019が小麦専用貨車をけん引している。
高崎の日本製粉などに輸入小麦を港から運んだのだろう。
この19号機の当時のヘッドライトは2灯式。
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