碓氷新線の廃止を1年後に控えた1996_10 熊ノ平を訪問した。
すでに、駅としての機能は1966_2_1 付けで終わっており、列車は通過するのみであった。
ホームの一部は使用できないように改修されているところも見受けられた。
写真は、下り「あさま」が63.0パーミルの3号トンネルを出て、熊ノ平構内を通過するところだ。
山間のこの地は、1950年6月の山津浪で、駅員や救援作業員らが遭難し、73名が生き埋めになったそうである・・・(合掌)。
この写真を見ると、いまでもロクサンのホイッスルが聞こえそうである。